長年愛され続けるコーセーのリポソーム技術を研究者が解説

化粧品メーカーの研究紹介シリーズ第4弾は、コーセーのリポソーム製剤化技術です。業界に先駆けてリポソームの化粧品応用を検討してきたコーセーの研究について、研究者の視点から分かりやすくご紹介します。
なつなつ(化粧品・皮膚科学の研究者) 2021.07.05
誰でも

化粧品メーカーの研究紹介シリーズ、第4弾の今回はコーセーの研究について解説します。なお研究紹介シリーズは今回で一旦終了となりますが、好評でしたのでまた定期的にニュースレター内で取り上げていきたいと思います。

コーセーは幅広く研究開発に取り組んでおり、どのテーマをご紹介しようか大変迷ったのですが、今回はコーセーが業界に先駆けて長年取り組んでいるリポソームの研究について解説したいと思います。

近年では化粧品にもよく用いられるようになったリポソームですが、化粧品業界でいち早くリポソームの可能性に気づき研究を重ねてきたのがコーセーでした。そんなコーセーのリポソーム研究について、研究者の視点から分かりやすく解説したいと思います。

リポソームについて知らないという方にも読んで頂けるよう基礎から丁寧に解説しておりますので、ぜひ本記事を参考にリポソーム化粧品について学んでみて下さい。

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リポソームとは?

photo from canva
photo from canva

理系研究職にとっては常識的な内容ですが、一般の皆さんはリポソームについて知らない方がほとんどだと思いますので、まず初めにリポソームについて簡単に解説したいと思います。リポソームとは、リン脂質と呼ばれる脂質によって形成される球状の構造物のことを指します。

引用:<a href="https://www.essentique.com/liposomes/">essentique</a>
引用:essentique

中々不思議な形ではありますが、水の中にリン脂質を分散させ撹拌すると上記のようなリポソームが形成されます。一般的なリポソームは上記のような脂質二重膜であることがポイントです。

このリポソームの構成成分であるリン脂質は、主に以下のような化学構造を取っています。グリセリンやリン酸・コリンなどから構成される水になじみやすい親水部と、オレイン酸やパルミチン酸などの脂肪酸から構成される油になじみやすい疎水部を同じ分子の中に有している、両親媒性分子と呼ばれる分子です。

photo from Natsu
photo from Natsu

このような分子を水中に分散させると、親水部どうし・疎水部どうしがそれぞれ集合しやすい性質を有することから、リポソームのような球状構造が形成されます。

実はこのリポソームは生物系の研究において大変よく用いられます。何故かというと、ほとんどの細胞がリポソームと同じ脂質二重膜で構成されているためです。リポソームは細胞のモデル分子として様々な研究に用いられています。またこのような細胞の構造に近い分子は、生体に優しい分子(生体適合性分子)として医療材料などにもよく用いられています。

さらにリポソームは、脂質膜の内部に物質を安定に内包することも出来ます。内部の空間に物質を取り込むことで、外部環境の影響を遮断して物質を安定に保つことが出来るんですね。こういった観点から、薬物を安定に輸送するドラッグデリバリーシステムにも非常によく用いられます。

リポソームが使われている身近な技術としては、新型コロナウイルスのワクチンがあります。ファイザーやモデルナ製の新型コロナウイルスワクチンはmRNAを主体とした核酸ワクチンですが、この薬剤を安定的に免疫細胞に届けるためにまさにリポソームが用いられています。

mRNAは血液中で非常に分解されやすいため、そのまま注射すると十分な効果を発揮することが出来ません。そこでリポソームでmRNAを包むことで、安定的にワクチン分子を細胞に届けることが出来ます。

このようにリポソームは、①細胞と似た構造で生体に優しい分子である②球状構造の内部に分子を取り込むことで物質の安定化に寄与するという特徴を有する分子です。

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コーセーのリポソーム研究の始まり

photo from canva
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このような性質を持つリポソームですが、従来は上記のように主に医薬品領域で研究が進んできました。しかしこのリポソームを化粧品に用いることをいち早く考えたのがまさにコーセーでした。

このリポソームの化粧品応用には、リポソーム化粧品の生みの親とも言われるコーセー元取締役の内藤さんの面白いエピソードがありましたので以下に引用します。

そのリポソームの出会いはいつ? 「今思うと、ラッキーとしか言いようがないくらい偶然な出会いで…当時の僕の上司が渡してくれた資料にリポソームのことが書いてあったのです。彼は専門にしていたエネルギー代謝の源である、生物系の細胞内のひとつである「リボソーム(Ribosome)」の講習会へ行ったつもりが、実は「リポソーム(Liposome)」の講習会だったという(笑)。リポソームとは、細胞膜を形成している構造と非常に似ている極小カプセルのこと。彼の専門分野であるリボゾームとは全く異なる内容だったわけです。

なんと内藤さんの上司が、生体内でタンパク質を合成するリボソームとリポソームを勘違いしたことがキッカケということでした。これは面白い(笑)

この勘違いをキッカケに、上司が持ち帰ってきた資料を目にした内藤さんがリポソームについて詳しく調べ始めたそうです。内藤さんはリポソームの鮮やかな構造に魅了されると同時に、成分を内包することが出来る機能などに化粧品としての応用可能性を感じたとのことでした。

このようにしてコーセーにおけるリポソーム化粧品の開発は進んでいきました。開発当初はリポソームを化粧品に用いた例がほとんど無かったため、まずはリポソームの形成や大きさを制御することから研究を始めたそうです。

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リポソーム化粧品の課題

photo from canva
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このようにしてリポソームを用いた化粧品の開発がスタートしましたが、リポソームを化粧品に用いる上では大きな課題がありました。それがリポソームの安定性です。

リポソームは基本的に安定性が悪く、化粧品に配合してもすぐに構造が壊れてしまうのが課題でした。脂質で構成される球状の構造物ですから、安定性が良くないのは想像できますよね。

化粧品は基本的に常温で3年間安定であることが品質基準になりますので、リポソームの安定化は極めて重要です。そこでコーセーは、リポソームの安定性を向上させるために主に以下の3つの工夫に取り組みました(参考文献)。

  • リン脂質の純度を上げる

  • リン脂質の不飽和脂肪酸部分を飽和脂肪酸に変換する

  • リポソームにコレステロールを添加する

リポソームの形成には、主に大豆由来のレシチンと呼ばれる天然由来のリン脂質が用いられています。この大豆由来レシチンにはリン脂質以外にも多少の夾雑物を含むことがあり、これらがリポソームの不安定化に寄与していることが分かりました。このような不純物をしっかりと取り除き純度の高いリン脂質とすることで、リポソームの安定化を試みました。

また大豆由来レシチンの中には酸化安定性の低い不飽和脂肪酸を有するリン脂質も含まれているため、これを水素によって還元して安定化した水添レシチンを用いることを考えました。

さらにリポソームを安定化させるためには、コレステロールなどの分子の添加が有効であることも分かりました。コレステロールなどの平面分子は、脂質膜の間にインターカレート(挿入)することでリポソームを物理的に安定化することが知られています(参考文献)。

このようにしてリン脂質の純度向上や水添レシチンの使用、コレステロールの添加に加えて、その他にも安定性向上に関する様々な工夫を取り入れることによって、化粧品中でも長期的に安定なリポソームの形成に初めて成功しました

引用:コーセー <a href="https://www.kose.co.jp/company/ja/research/secretstory/liposome/">リポソーム開発秘話</a>
引用:コーセー リポソーム開発秘話

コーセーが用いるリポソームは、上記のように脂質二重膜が何重にも重なった多重層リポソームとなっています。このように玉ねぎのような構造を有する分子を化粧品に用いるとどのような良いことがあるのかについては、次項で詳しく解説したいと思います。

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リポソーム化粧品の有用性

photo from canva
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このように様々な工夫を経てようやく安定的な配合を達成したリポソームですが、このリポソームを化粧品として用いるとどのようなメリットがあるのでしょうか?リポソーム化粧品の有用性については、こちらの文献で以下のように解説されています。

  • 肌になじみにくい水溶性の成分を内包し浸透性を高める

  • 有効成分を徐放することで効果の持続時間を高める

  • リポソームを構成するリン脂質自体が肌の保湿に寄与する

皮膚は疎水的であるため、一般に水溶性の有効成分は肌に浸透しにくいと言われています。しかしリポソームを用いて水溶性成分を包み込むことで、水溶性有効成分を安定に肌の深くまで届けることが可能となります。水溶性分子を包み込むことで、物質的な性質を変えてしまっているんですね。実際に医薬品においても、成分の皮膚浸透性を高めるためにリポソームが汎用的に利用されています。

また皮膚の深くに届いたリポソームから成分がじっくりと肌に放出されることで、有効成分の持続性を高めることも報告されています。皮膚にリポソームを塗ると徐々に構造が壊れ、内包していた有効成分がゆっくりと長時間かけて放出されてきます。化粧品においては特にこの有効成分の持続効果が重要であると考察されています。

更にはリポソームに用いられるリン脂質自体が、角層でラメラ構造を形成し肌の保湿性を向上させることも明らかとなっています。

引用:コーセー <a href="https://www.kose.co.jp/company/ja/research/secretstory/liposome/">リポソーム開発秘話</a>
引用:コーセー リポソーム開発秘話

ラメラ構造はセラミドなどの細胞間脂質が形成する肌のバリア機能に極めて重要な構造です。リポソームのリン脂質は両親媒性分子の特性を有しているため、このようなラメラ構造を形成することが出来ます。その結果肌に水分がしっかりと保持され、バリア機能を向上させることが可能となります。

実際にリポソーム化粧品の皮膚科学的な有用性も検証されています。例えばこちらの論文では、少し古いですがリポソーム化粧品の乾燥性皮膚疾患に対する有用性が評価されています。

コーセーから提供されたリポソーム製剤の有用性を検証した結果、皮脂欠乏症や尋常性魚鱗癬などの皮膚疾患に対して100%の有効性を示したことが確認されています。またリポソームのみを除いた製剤では、症状の改善効果が有意に低減することも確認されています。この結果は、リポソームという構造物自体が皮膚にとって効果的であることを示唆しています。

この他にもリポソーム化粧品に関する研究は多数存在しており、主に成分浸透性のコントロールや皮膚のバリア機能の向上によって肌に良い効果をもたらすことが知られています。近年ではリポソームを多種の分子で修飾することで様々な機能を持たせた原料も多数開発されており(参考)、今後ますます注目を集める技術になると思います。

このように現在では派生技術も含めて様々な発展を遂げるリポソーム化粧品ですが、その原点にはコーセーのリポソームに対する着眼点と地道な研究開発があったのは言うまでもありません。業界をリードしてこのような研究開発を積み重ねてきたからこそ、現代の高機能化粧品があるんですよね。

これからも進化と深化を続けるコーセーのリポソーム研究に、今後も注目してみて下さい。

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まとめと編集後記

以上、今回はコーセーを代表するリポソーム製剤化技術について解説しました。今回までに資生堂・花王・ポーラ・コーセーと日本を代表する4つの化粧品メーカーの研究について紹介してきましたが、各社それぞれ研究開発の「ストーリー」があり非常に興味深いですね。

これまでに紹介してきた各社の研究について以下から閲覧できますので、宜しければぜひご覧ください。

以前も何度か申し上げてきましたが、単なる技術の紹介だけでなくその背景にある研究者の想いや苦労を合わせて解説することで、より化粧品を身近に感じてもらえるのではないかと思います。

最近ではどの化粧品メーカーも研究情報の発信の仕方を工夫しており、このような研究開発ストーリーも多く目に出来るようになりました。ぜひ今後はそのような研究者側の視点からも研究結果をウォッチして頂けると、新しい視点で化粧品に触れることが出来るのではないかと思います。

今週も読んで頂きありがとうございました!いよいよ今年も下半期に突入し、本格的な夏が近づいてきましたね。来週からは引き続き美容科学関連のニュースをトピック的にご紹介していきたいと思います。

それではまた来週、お会いしましょう!

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